最強彼氏
「ヒトミちゃーん!!」 3年の教室に元気いっぱいに響いた声に、放課後で帰り支度をしていた生徒のほとんどがふり返った。 結構な人数の視線の先には、廊下に面した窓からひょっこり顔を出した少年。 額のサンバイザーがトレードマークの深水颯大の姿に、ふり返ったほとんどの生徒は苦笑を漏らした。 何せ、学年が上がってクラス替えが行われてからこちら、こんな光景は慣れっこになってしまうほど繰り返されていたから。 颯大に思いっきり名前を呼ばれた少女が、顔を赤くして彼に駆け寄るこの光景も。 「颯大くん!」 ヒトミちゃん、こと、桜川ヒトミに名前を呼ばれて、颯大は嬉しそうに笑った。 「ヒトミちゃん。」 子犬なら尻尾が振りちぎれんばかりに振ってるんじゃないか、と思わせるその笑顔に、ヒトミはさっきとは別の意味で赤くなった。 こんなに全身で「会えて嬉しい!」と言われて、赤くならない人がいるだろうか。 ましてそれが。 (私の彼氏、なんだよ?) 信じられないよね、ともう何度思ったかわからない事を思う。 もっとも、信じられないなんて口にしようものなら、親友の利恵か優あたりから度突き倒されるにちがいない。 なんせ、颯大とヒトミはつきあい始めから、颯大のファンクラブの前でキスをしてみせるというとんでもないスタートを切り、今や学園一の有名カップルだからだ。 ・・・・最近は、それ以外にも有名な理由があるのだが・・・・。 「どうしたの?ヒトミちゃん?」 「え?あ、ごめんね。」 思わず自分の感慨にひたってしまったヒトミは、キョトンとした目で颯大に覗き込まれてはっとした。 「ちょっとボーっとしちゃっただけ。それより、どうしたの?今日はバスケ部の助っ人するって言ってなかった?」 「うん。そうなんだけど、ほら、これ!」 じゃんっという効果音付きで颯大は背中から何かを取り出した。 いかにも美味しそうなイラストが描かれた掌サイズのそれをみて、ヒトミはぱっと顔を輝かせた。 「それ!」 「そう!新作のムースポッキー!」 「わ〜、出てたんだぁ。」 うっとりとそういうヒトミに、颯大は満足そうに胸を張る。 「ね?好きでしょ?コンビニで見つけてさ、どうしてもヒトミちゃんに食べてもらわなくちゃって思って。」 「それで、わざわざ試合前に来てくれたの?」 「決まってるじゃん!試合なんかより、ヒトミちゃんが喜んでくれる事の方が何倍も大事だもん!」 当然といわんばかりの口調に、ヒトミは自分の頬が赤くなったのを自覚してしまう。 素直すぎる颯大の言葉は、ただ懐かれてると思っていた時には嬉しいだけだったのに、今では極上の口説き文句以外には聞こえなくなってしまった。 (もう、颯大くんってば、照れたりしないのかなあ。) そんな風に思っていたら、目の前の颯大の顔が突然不安げに揺らいだ。 「?」 「もしかして、迷惑だった・・・・?」 「えっ!?」 「こんな事でいきなり来て騒いじゃったからさ。」 シューン・・・・ 音に表したら、この擬音以外思いつかないほどしぼんでしまった颯大の表情に、ヒトミは慌てて大きく首を振った。 「全然!そんなことないよ!嬉しかったよ?」 「ほんとに?」 「ほんと、ほんと。ありがとう、颯大くん。」 「・・・へへ」 にっこり笑ってヒトミにお礼を言われて、やっと安心したように颯大が笑う。 柔らかい、微かに甘い表情を交わし合った・・・・と、急に颯大がぱっと一段顔を輝かせる。 (あ、何か良いこと思いついた顔だ。) ヒトミがそう思った途端、颯大が手に持っていたポッキーの箱をいきなり開けた。 「??」 何をするんだとうと、首をかしげるヒトミの前で、颯大はポッキーを一本取り出すとチョコがかかっていないクッキーの方を、ぱくんとくわえた。 そして 「はい!ヒトミちゃん♪」 「は・・・・ええええええええええええええっ!?」 一瞬の間の後、颯大の言っている意味を理解したヒトミはのけぞった。 (な、な、なに言い出すのーーー!) もはや、自分の顔が茹で蛸なみに真っ赤なのは疑うべくもない。 しかし、颯大はちょっと悪戯っ子のような笑みを浮かべたまま、ダメ押しまでしてくれる。 「ほら、早く食べてよ!ね?」 「だ、だ、だって、こ、ここ教室・・・・」 彷徨わせかけた視線が、次の瞬間、颯大の瞳に捕まった。 真っ直ぐに、真っ直ぐに瞳を見つめる視線に。 「ヒトミちゃん」 ポッキーをくわえているから、少しだけ曇った声は、さっきまで子犬のようだったとは思えないほど『男の子』な声で。 「み、みんな見てるし・・・・」 いたって常識的な事を口にしていても、ヒトミの視線は颯大の瞳から逃れられない。 ドキドキと、鼓動が耳元で聞こえる程打っているのが分かる。 と思ったら 「ねえ」 ちょこっと首をかしげて見せて。 (ず、ずるい。) 今度はちょっとだけ目を細めて、ヒトミを見つめる。 本当に大切なものを見つめるように。 ・・・・そして決定打。 「いや?」 (〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ) ―― 誰が逆らえよう。 この、かっこよくてカワイイ彼氏に。 「い、いただきます(///)」 真っ赤な顔のまま、ヒトミはポッキーをぱくりとくわえたのだった。 〜 END〜 |